日本遺産 太宰府
古代日本の「西の都」 〜東アジアとの交流拠点〜

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大宰府政庁跡

大宰府政庁跡

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 大宰府政庁は、大宰府の中心的な場所です。ここは、都の宮殿と同じような構造となっています。
 南から階段を上がると「南門跡」です。中は塀で囲われた空間でした。ここを進むと「中門跡」です。さらに進むと、中門からのびる回廊で囲われた広い庭(空間)に入ります。ここで政務や儀礼が行われ、ときには外交儀礼も行われたと考えられます。
 正面(北の中央)の高くなったところが「正殿跡」です。庭の東西には2棟づつ「脇殿跡」があります。正殿の背後に「後殿跡」があります。ここが大宰府の長官が執務した場所とみられます。

 次に、政庁跡の周囲を見てみましょう。
 北の山上に「大野城」、南正面の山上に「基肄城」があります。665年に築かれた山城で、大宰府「西の都」の外郭を守っています。
 東は「月山(つきやま)」丘陵で、「漏刻台」すなわち水時計が置かれ、時を告げたと伝えられています。
 西は「蔵司」丘陵で、巨大な礎石建物跡が残っています。
 南は官庁域です。その先は朱雀門から朱雀大路(南北大路)がのび、古代の街が広がっていました。



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