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ストーリーの構成文化財 客館跡

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【国特別史跡】
古代の大宰府は、九州の政治・文化の中心であり、日本の対外防備の先端拠点でした。また朝廷に代わって、外国使節を応対し、交易を行う役割もありました。このため街には、大宰府に来た外国使節が滞在する客館も設けられました。

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客館跡

 「外交」は本来、朝廷が京に外国使節を迎えて行うものですが、「大宰府」でも、朝廷の使者が派遣され、外交・饗宴(宴会)・交易が行われました。
 「客館(鴻臚館)」は外国使節が滞在する施設です。
 大宰府から15kmほど離れた博多湾岸にあった筑紫館(鴻臚館)という古代客館が有名ですが、大宰府の都市(大宰府条坊)にも古代客館があったことが遺跡調査で確認されました。
 当時の東アジアの都が朱雀大路(中央南北大路)沿いに客館を置いたように、政庁からのびる朱雀大路沿いに置かれていました。
 外交が盛んだった8世紀から9世紀前半の客館で、遺跡調査では、巨大な建物跡や、唐・新羅・日本を代表する高級食器が揃って見つかりました。唐ではじまった喫茶に使う茶椀や道具も見つかっており、日本のおもてなしの原点をうかがうことができます。

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